04月20日の断片

▼午前10時にホテルをチェックアウト。同時にレンタカーを借りて、本日も巨大仏巡り。福岡県には2体もある。まずは、福岡県篠栗町の「南蔵院」という寺に平成7年に建立された“涅槃像”。資料によると、高さこそ11メートルと低いが、横になった身の丈は41メートルと巨大仏の定義をクリアしているので写真に収めにいく。博多から車で約40分。周囲が山間の景色に変わり始めた頃、前方に何やら強烈な違和感。涅槃像の頭だ。いきなり、頭頂部だけがぬっと現れた。思いもよらない光景に、大興奮。路肩に車を停め、この奇妙な感じを写真に収める。近くに桜があったので、昨日に引き続き、桜を絡めた写真も▼さらに車を走らせ、南蔵院に着いた時には、木々や建物に隠れて涅槃像の姿はまったく見えなくなっていた。がしかし、いつ、ぬっと現れるか知れない。巨大仏というのは、まるでこっそりと隠れていて、ワッと驚かすように不意を突いて現れる。だから、怖い。辺りを見回しながら歩いていると、歩道橋の下に「涅槃像コース」という看板を発見。ここを渡れば、涅槃像の元に行ける。そう思い、階段を上がった瞬間、これまた予想だにしなかった光景に遭遇。今度は顔だけ。近づいてくる者を覗き込むようなその様子に一瞬ぞっとした。この感じ、最高。ファーストコンタクトを二度、経験したような得した気分▼南蔵院に入り、案内に従い階段を上がっていくとそこにはゆったりと横たわる涅槃仏が。これまで立っている巨大仏しか見てなかったが、これはこれで異様な感じ。タイで見た涅槃仏よりも遙かに大きく、リアル。大体、タイの涅槃仏は建物の中だったが、この涅槃像は屋外だ。優雅さが違う。様々なアングルから写真を撮りまくり、その後、参拝。順序、逆だったか。ちなみに、これは大仏様の足の裏。思いっきり扁平足。

▼続いて向かったのは、久留米市上津町の成田山久留米分院。その場所に建立されてるのが、九州で最も高い巨大仏、救世慈母大観音。全長62メートル。これまで見た3体の中では最も高く、いやが上にも期待感が高まる。九州自動車道を走り、久留米インターを下りて、約20分。街中を走っていると、唐突にその姿が視界に飛び込んできた。セブンイレブンの背景に巨大仏。この異様な取り合わせに興奮。こんな街中にあるパターンは初めて。その違和感に満ち溢れた光景は堪らない。リンガーハットと巨大仏。さらに、ブックオフと巨大仏。そして、お寺に近づくとこの上なく異様な光景が。これまで見た巨大仏の中では最も白く、最も違和感ある佇まい。あまりの不気味さに写真を撮るのも忘れてしばし見とれてしまった。今のところ、心のベストテン、ナンバーワンはこの救世慈母大観音だ▼寺に入り、拝観料を払って大観音が建つ敷地へ。間近で見ると白さも際だち、見惚れる美しさ。赤ちゃんになりたい。で、慈母大観音の中へ。胎内回帰。が、62メートルもの高さ、最上階(首の部分)まで昇るのも一苦労。汗だくの胎内回帰。でも、そこから覗く下界の眺めは最高。鳩が来なければ開けっ放しにしてずっと涼んでいたかった▼下界に戻り、周辺を散策。と、観音様の足下に幼稚園を発見。こんな所に通う子供はどんな子に育つのか。自分だったら泣きわめいて絶対にこんな場所には来ない。幼い頃、ちょっと大きな着ぐるみの人形とか大仏などがひどく怖かった。保育園のイベントでガチャピンみたいな着ぐるみ人形が来たことがあったが、恐ろしくて1人ずっと泣きながら近づこうとしなかった記憶がある。今も巨大仏を見ていると、必ずその時の記憶が蘇る▼夕方、お寺を後にして一路、福岡空港へ。帰路は虚しい。その虚しさから思わず「何でこの歳になって1人でこんなことしてんだろ」と自虐的になっていたら、FM波で飛ばしていたiPodからマイケルジャクソンの名曲が流れ始めた。「YOU ARE NOT ALONE」。大きなお世話だ。てか、恐ろしいタイミング。あるいは、九州の観音様たちの代弁か。だとしたら、怖い。

04月19日の断片

▼朝早めに起きて長崎県へ。目的は、巨大仏。空港でレンタカーを借り、目指すは“七つ釜聖観音”(長崎県西彼杵郡西海町中浦北郷、身の丈40メートル、1990年建立)。「西海楽園」というテーマパーク的な場所にいると知り、カーナビで検索、一路、その楽園へと向かう▼車を走らせること約1時間半、山道の向こうにうっすらと金色に輝く巨大仏の後ろ姿を発見。人間もそうだが、無防備な後ろ姿を見るとその人の本性を垣間見た感じがする。群馬の“高崎白衣大観音”の時同様、このファーストコンタクトの瞬間は実に興奮する。「あ!いる!」という驚きと喜びと恐怖。この独特な気分を味わいたいばっかりに長崎まで来たと言っても過言ではない▼さらにカーナビに従って車を走らせていると小高い山に再び、観音様の姿が現れた。今度は正面が見え、周囲の風景と馴染んでいるせいか、さっきよりも違和感が薄まっている。いかにも、見せ物という感じ。なので、桜を入れ込んでちょっとイイ感じに撮ってみる。写真を撮りながら徐々にターゲットに近づいていく。このプロセスが楽しくてしょうがない▼で、その“七つ釜聖観音”がいる「西海楽園」に到着。が、とんでもないことが発覚。閉園。経営不振により昨年九月に閉鎖されたらしいのだ。つまり、立ち入り禁止。せっかく東京からわざわざ来たというのに。愕然。で、しばし悩んだ末、強行突破することに。別に悪さをしようという訳ではない。何か盗みに入る訳でもない。ただ、観音様に近づいて純粋に写真が撮りたいだけなのだ。そんなピュアな動機なら許されるに違いない。ということで、園内へ。観音様に続く数百メートルの坂道を上る。少しずつその姿は大きくなっていき、頂上付近で建物に隠れて一旦見えなくなる。が、上り切った瞬間、どかんと真正面に“七つ釜聖観音”が現れる。思わず「うぁッ」と声を出してしまった。周囲には当然、誰もいない。1対1のご対面。何が起きてもたった独りで受け止めねばならない状況に呼吸が荒くなる。そんな中、写真撮影。静物でありながら、まるでモデル撮影のような錯覚に陥り、さらに息が荒くなる。もう撮るアングルがなくなる位、撮りまくり、大満足。無人のテーマパークを後にする。その後、近くに九州一の「七つ釜鍾乳洞」があるのを知り、せっかくだからと見学。巨大仏も不気味だが、鍾乳洞もかなり不気味だ。しかも観光客は誰もおらず、一人っきりで洞窟の中を歩いたので、怖すぎ。コウモリにも襲われるし、ちょっと泣きそうになった▼その後、再び約1時間かけて長崎市内へ。ピッチの電波が届く場所で、今日提出の台本を2本仕上げ、送信。旅の途中で仕事をするのは、決して嫌いではない。むしろはかどる。で、レンタカーを戻し、新幹線で博多へ。明日は、福岡県内にある巨大仏を巡る。

02月17日の断片

▼朝起きて今日中にやらなきゃいけない仕事は特にないことに気づき、ふと巨大仏を見に行こうと思い立つ。ものの本ではウルトラマンの体長40メートルよりも高い仏像を巨大仏と定義付けしていて、その条件をクリアした巨大仏は日本には実に16体もあるらしい。今年中にすべて見て回りたいと思っているが、今回は泊まりで行く時間もないので、群馬県の「高崎白衣大観音」(41.8m・高崎市石原町)に決定。新幹線で高崎まで約1時間。車窓から小さく観音様らしき姿が見え始める。この時点でもう不気味。そして高崎駅で降り、レンタカーを借りて走ること数分、交差点を曲がった瞬間、前方に巨大仏がぬぅ〜と現れる。思いっきり不気味。あの独特な何ともいえない気分に襲われ、でも妙にテンションが上がる。そこから徐々に巨大仏は大きくなり、やがて観音様が立つ慈眼院に到着。足下から見上げる白衣大観音。雲の切れ間から太陽が射し、まるで後光に包まれたように神々しい。裏手に回ると観音様の中に入れるというので、早速、300円を支払い、入館(というか入体か。体内に入っていくのは何だかエロい感じ)。最上階まで階段を昇り切り、息を切らしながら外界を見渡す。気分がいい▼その後、近所にある観音鉱泉「錦山荘」に立ち寄って温泉に入り、高崎名物らしい「おっきり」なるものを食べ、夕方に帰宅。ともすると何もせずにあっという間に夕方になってしまうことも多い日曜日。新幹線の中で読みかけだった桜庭一樹『私の男』(これがかなり面白く、俄然この作家に興味を抱く)も読了し、とても充実▼夜、時間に余裕があったのでDVDで映画を2本。『ザ・ディ・アフター・トゥモロー』『街のあかり』。前者は最近、新しくブルーレイディスクプレイヤーを購入したので、その凄さを体感したくて観たのだが、評判に違わずメリハリのきいた迫力ある映像に驚く。今後はDVDからブルーレイに移行していくだろうことは否めない。そしてアキカウリスマキ監督の敗者三部作と呼ばれている作品の最終作。とことん惨めで残酷だが、すべてにおいてこの監督独特の浅さが漂っていてついにやにやしてしまう▼さらに、アメトーークの2週ぶち抜き『出川ナイト』(このためだけに実に一年前から準備していたのだ)を見て腹を抱えて笑いつつ、しみじみこんなことが出来る番組に関われていることを幸せに思う▼とにもかくにも、てんこ盛りな日曜日。それなりに疲れた。

01月06日の断片

▼その手の文献によると、日本に名だたる巨大仏は十六体あるらしい。子供の頃、高岡の大仏(奈良ではない。富山県には高岡大仏というものが存在する)を見て以来、あの大きな仏像を目の当たりにした時の何ともいえない独特な感覚は今もずっと変わらずにあるのだが、同様にその得体の知れない気持ちが原動力となり全国の巨大仏を巡回して本を書いた人までいて、4、5年前にその本を読んで自分も是非そんな十六体すべてをこの目で見てみようと思い立ったのだが、いつの間にかすっかり忘れていた。それが今日、ぶらりと行った鎌倉(お年寄りで溢れかえっていた)の帰り道、突如として現れた大船観音を目にして思い出した。巨大仏が見たい。今年は巨大仏を見にいこう。この大船観音だけでもこんな妙な気持ちになるのだから、これ以上の巨大仏を見たらもう何だかよくわからない気持ちになるに違いない。楽しみだ。という訳で、本日から「巨大仏の断片」をカテゴリーに加えることに。